今回はスーパーGT 2018年気になるドライバー8名のまとめ情報である。

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新規参戦ドライバー

ジェンソン・バトン 【GT500クラスチーム国光】

イングランドサマセット州フローム生まれ。父親のジョン・バトンはラリークロスで名を馳せた人物で、1976年にはRACイギリスラリークロス選手権でランキング2位を獲得したことがある。父親のラリークロス時代のデンマーク人の友人アーリング・ジェンセンにちなんで命名されたが、ジェンセン・モーターズと区別するために一字だけ変えられた。
スーパーGT:TEAM KUNIMITSU、RAYBRIG NSX-GTの2018年カラーリングを発表
2017年8月26日27日鈴鹿サーキットで開催されたSUPER GT 第6戦(鈴鹿1000km)にスポット参戦した。元F1王者がSUPER GTに参戦するのは初めてである。チームはTEAM MUGENで、武藤英紀中嶋大祐とトリオを組み、マシンはNSXでタイヤはヨコハマ。屋根のあるマシンでの経験はほぼ皆無だったがきちんと順応し、予選ではQ1のアタックを担当しデッドラインに0.089秒差というタイムを出した。決勝では第2スティントを担当するが、ピットアウト時にスタッフのミスで荒聖治M6と接触しかけ、これにドライビングスルーペナルティを課され下位に沈んだ。その後 走行ペースは良く一時3番手まで浮上したが、今度はセーフティカー中に追い越しをしたとして再びペナルティを受ける。後半第5スティントも担当するが、右フロントタイヤがパンクするトラブルに見舞われ、12位で終わった...同じ年のホンダモータースポーツサンクスディにてフル参戦を発表行った。翌年のカンファレンスにてブリジストンで戦うチーム国光から参戦を追加発表を行った。コンビはホンダのエース山本尚貴選手である。バント選手にとって昨年の鈴鹿1000キロのリベンジとなる。


 

小林可夢偉【GT500クラスTEAM SARD】

日本兵庫県尼崎市出身のレーシングドライバースーパーフォーミュラではKCMGFIA 世界耐久選手権(WEC)ではTOYOTA GAZOO Racingに所属する。名前・ニックネーム 可夢偉(かむい)という名前はアイヌの民族信仰で神とされる「カムイ」と、「大な能にする」という言葉の漢字3文字に掛けて命名された。2012年のF1日本GP翌日に催されたファンミーティングでは「自身の名前が漫画『カムイ伝』から採られた」「漢字は全くの当て字」と語った。小林の兄に「北斗」と命名したところ、後に『北斗の拳』がブームになり、「マンガのタイトルからとれば将来いけるんちゃうん?」という父の考えから、カムイ伝から名前をもらった。海外メディアではカウボーイと小林を組み合わせてCowboyashi (カウボーヤシ)というニックネームを付けられている
2017年はスーパーフォーミュラにおいて、チームルマンからKCMGに移籍した。WECでは今年もGAZOO Racingで出場。ル・マン24時間の予選ではブッちぎりでコースレコードを更新した。また8月に開催された鈴鹿1000キロでは、TEAM WedsSport BANDOHから初めてSUPER GTにスポット参戦した。遂に今年からSUPER GTにフル参戦をする。チームは2016年にチャンピオンになったTEAM SARDからで相方は同じくF1参戦の経歴があるヘイキ・コバライネン選手に。バント選手と同じく昨年の鈴鹿1000キロのリベンジとなる。


フェリックス・ローゼンクヴィスト【GT500クラスTEAM LeMans WAKO’S】

スウェーデン出身のレーシングドライバー。姓はローゼンクビストローゼンクイストとも表記される。2017年にはチームルマンから全日本スーパーフォーミュラ選手権にフル参戦。初のフォーミュラEとスーパーフォーミュラを同時フル参戦するドライバーとなった。カーナンバーは7、チームメイトは大嶋和也。シーズン通して予選では振るわなかったが、決勝で素晴らしいペースを見せて3度の表彰台を獲得。菅生では予選12位スタートからノーピット作戦を完遂して5位入賞するなどポイントを確実に稼ぎ、ピエール・ガスリーに次ぐ総合3位の好成績を収めた。その他ポルシェ・カレラカップスカンディナビア(3勝)、ル・マン24時間のLMP2クラス、FIA GTワールドカップなど前年同様幅広く参戦した。またフォーミュラE第4シーズンでは香港マラケシュと連勝しチャンピオン争いを展開している。
WAKO'S 4CR LC500 6号車
2018年はフォーミュラEとの兼ね合いもありスーパーフォーミュラから降りたが、代わりにSUPER GTチームルマンより初参戦することが決定。チームメイトは昨年のスーパーフォーミュラでも共に戦った大嶋和也。1月にはジャッキー・チェンDCレーシングよりデイトナ24時間に参戦した。


復活するドライバー道上龍選手 GT300クラス Modulo Drago CORSE

1998年からは、フォーミュラ・ニッポンや全日本GT選手権(JGTC)に参戦の舞台を移して行き、2000年には、全日本GT選手権のGT500クラスで未勝利ながらシリーズ・チャンピオンを獲得し、名実ともにホンダのエースドライバーとなった。

2005年は、SUPER GT・GT500クラスに専念しTAKATA童夢NSXのドライバーとして小暮卓史とコンビを組むが未勝利に終わった。翌2006年は、第2戦(岡山)で優勝するなどNSX使いの本領を発揮しシリーズ3位と健闘した。またこの年は、フォーミュラ・ニッポンへの復帰を果たすもノーポイントに終わっている。2007年は、SUPER GTに引き続きTAKATA童夢NSXで参戦し、シーズン序盤にトラブルやアクシデントに見回れ成績が振るわず、第7戦(もてぎ)で優勝したもののシリーズ4位に終わっている。2008年は、ライバルの台頭もありシーズン序盤は波に乗れずにいたが、第5戦(菅生)で優勝しシリーズランキングトップに躍り出るも、その後ハンディウェイトに苦しみ、結局シリーズ6位に終わった。2009年は、開幕戦(岡山)で2位、第5戦(菅生)で3位で表彰台に上がるも、それ以上の結果が出せず、前年同様のシリーズ6位に終わった。開幕戦でGT参戦通算100戦目を迎えた2010年は、心機一転ナカジマレーシングに移籍して、ダンロップタイヤの開発も担った。

2016年、世界ツーリングカー選手権(WTCC)第9戦日本ラウンドでホンダからスポット参戦。3年ぶりのレース復帰となる。2017年は「Honda Racing Team J.A.S.」よりWTCCにフル参戦する。日本人のWTCCフル参戦は2011年の谷口行規以来。今年からはModulo KENWOOD NSX GT3で国内復帰をする。相方は若手有望株の大津弘樹選手である。

GT500クラスへ昇格ドライバー

今年はGT500クラスに昇格または正式に昇格したドライバーは2名(2メーカー・チーム)になる。2人共に代役でのスポット昇格の経験があるだけに期待値は高いと見る。

山下健太【GT500クラス TEAM WedsSport BANDOH】

 2017年はKONDO RACINGからスーパーフォーミュラに初参戦。VivaC team TSUCHIYAからSUPER GT(GT300クラス)に2年ぶりにフル参戦している。第6戦鈴鹿1000キロではトップ争い終盤まで繰り広げたり、第7戦のタイまで年間タイトル争いを真ん中に居た。また、第2戦の富士500kmではFIA 世界耐久選手権に参戦のためSUPER GTを欠場した国本雄資に代わりTEAM WedsSport BANDOHでGT500クラスにスポット参戦。

2018年も引き続きKONDO RACINGでスーパーフォーミュラに参戦。SUPER GTではTEAM WedsSport BANDOHでGT500クラスにフル参戦する。チームメイトは、FIA 世界耐久選手権の参戦景観のある国本雄資

 

高星明誠【GT500クラス KONDO RACING】

 2016年の第5戦の鈴鹿1000キロでは前戦の決勝途中にクラッシュにより欠場をした千代勝正選手の代役で急遽MOLA #46 S Road CRAFTSPORTS GT-Rでスポット昇格をし粘りある走りで初めてのGT500クラスで表彰台3位で終えている。

昨年、全日本F3選手権で7勝を挙げシリーズチャンピオンを獲得した高星。この成績も評価され、2018年はGT500クラスのシートを掴むことになった。加入するのは近藤真彦監督率いるKONDO RACING。チームメイトは今年でGT500は13シーズン目となるジョアオ・パオロ・デ・オリベイラだ。
  ずっと憧れていたというGT500クラスへのフル参戦が決まり、感慨深い表情を見せた。「ずっと憧れていた場所なので、GT300からステップアップできて嬉しいです。(相方の)JPさんも、フォーミュラ(2010年のフォーミュラ・ニッポン)でチャンピオンを獲っていますし、速さはすごいあることは知っているので、一緒に力を合わせて頑張っていきたいなと思います」

 

古巣に戻るドライバーとドライバー??

GT500クラスは古巣に戻るドライバーが今回2人居るが、色々な経験を経て戻ってきました。

伊沢拓也【GT500クラス AUTOBACS RACING TEAM AGURI】

なんとスーパーGTデビューは2007年になる。SUPER GTの第6戦鈴鹿1000kmでは、REAL NSXの第3ドライバーとしてスポット参戦、5位入賞を果たした。

前年のチャンピオンチームからスーパーGTフル参戦

2008年は、AUTOBACS RACING TEAM AGURIより全日本選手権フォーミュラ・ニッポンとSUPER GTのGT500クラスに参戦したが、それぞれシリーズ10位及び8位の結果に終わった。2009年は、SUPER GTは引き続きAUTOBACS RACING TEAM AGURIから参戦し、2勝したがシリーズ2位に終わった。車両及びエンジンが一新されたフォーミュラ・ニッポンではTEAM DANDELION RACINGに移籍したが、成績は好転せずシリーズ8位に終わった。

同じメーカーのチーム国光へ移籍でAドライバーに…

2010年は、フォーミュラ・ニッポンには引き続きTEAM DANDELION RACINGから参戦するが、SUPER GTはTEAM KUNIMITSUに移籍した。HSV-010 GTのデビュー戦であったSUPER GT開幕戦では、荒れたコンディションの中粘り強い走りを見せて、3位表彰台を獲得した。2012年はフォーミュラ・ニッポンでは開幕戦鈴鹿でポールポジションを獲得、第6戦菅生では念願の初優勝を飾り、最終戦鈴鹿第1レースやJAFグランプリも制すなど活躍、ドライバーズランキング3位と大躍進を遂げた。

海外へ活躍の場を広げる。

2014年はGP2ARTグランプリから参戦。当初は欧州での活動に専念する予定だったが、同年8月に道上龍率いる新チーム「DRAGO CORSE」からスーパーフォーミュラに参戦することが発表され、日本と欧州を掛け持ちする形になった。

再度日本へ戻る

2015年は国内に復帰。リアルレーシングからスーパーフォーミュラに参戦。SUPER GTはTEAM KUNIMITSUに復帰し山本尚貴とのコンビを再結成。開幕戦では2位表彰台を獲得した。2017年はポールポジション獲得、最後の鈴鹿1000キロでは勢いあり、粘り強さで3位で終えるなどしている。

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織戸学【GT500クラス TEAM WedsSport BANDOH】エグゼクティブアドバイザー

デビュー

自動車雑誌「CARBOY」主催のドリフトコンテストで頭角を現し、初代グランドチャンプとなった後に坂東正明率いる坂東商会に入社し、1991年よりレーシングドライバーとしてデビューした。デビュー当初は土屋圭市を継ぐ「ポストドリキン」とも呼ばれ横浜ゴムの開発ドライバーを務めていた土屋がブリヂストンに移籍した際は、その後継ドライバーとして織戸が抜擢される。

全日本GT選手権・スーパーGT

 全日本GT選手権(その後のスーパーGT)には1996年より参戦し、最初はGT300クラスで日産・シルビアを駆り、翌1997年にはシリーズチャンピオンに輝いた。その後、2000年には土屋エンジニアリングよりGT500クラスに参戦。2002年サードに移籍し、2003年は第7戦にてGT500初優勝を飾った。2004年に再び土屋エンジニアリングに復帰し、2005年には開幕戦で優勝を飾った。2006年は、土屋エンジニアリングを立ち上げた土屋春雄の息子である土屋武士とコンビを組んだ。

古巣でチャンピオン獲得

2008年より、再びRACING PROJECT BANDOHからGT300クラスに参戦し、2009年に片岡龍也選手と12年ぶりのシリーズチャンピオンに輝いた。

移籍…そして・・・

2011年にJLOCに移籍し、最後の表彰台になった昨年の鈴鹿1000キロではLEXUSのRCF、スバルBRZ、同じチームのランボルギーニと表彰台を争いをした。

再びスーパーGTフル参戦開始した古巣へ戻る

2018年3月、所属していたJLOCから離脱したことを自らのFacebookで明らかにした。同月19日、GT500クラスに「LEXUS TEAM WedsSport BANDOH」として参戦するRACING PROJECT BANDOHのエグゼクティブアドバイザーに就任することが発表された


「2018年、LEXUS TEAM WedsSport BANDOHの夢への続きのお手伝いをさせていただけることになりました」と織戸はコメントしている。 「古巣のバンドウへ帰ること2回目。とても幸せな役割をいただき、感謝しています。やるからにはドライバーやメカニックに気持ちの良い環境、そして多くのモータースポーツファンをさらに釘付けにするようなレースをお見せできるように、今度はうしろからサポートさせていただきます。今年のバンドウはさらに熱い!」

まだ引退を宣言をしていない事から今後は何処かの機会に再び乗る可能性は大いにある…富士500マイル???